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今の世の中は中心がお金や経済で回っています。でもお金で価値が一元化していく流れは、人にはちょっとしんどいものです。だから、それとはズレた次元に、心という中心を求めて行こうと思います。
本当はセンタリングというからには、究極的には魂や霊に、あるいは神に中心を求めたほうが安定がいいでしょう。しかし、現代ではスピリチュアルな領域もすっかりカテゴライズされてしまっていて、語り口も決まりきっています。どこかで読んだようなことが順列と組み合わせを変えて書かれ、何の目新しさもありません。そういう領域で書いてもちっとも面白くないので、心という中途半端な領域で四苦八苦しながら哲学するつもりです。
そもそも、自分の心がわからない者には霊や魂のこともわからんだろうと思います。
愛読者を自任される方は、ぜひさまざまにアクティブな応援をお願いします。
これは心を見つめる、心について考える、という運動です。
私が書く、あなたが読む、ということで完結してしまうのは意図するところではありません。
もし読むということが、お昼にコンビニ弁当を食べる、ハンバーガーを食べるということと同じような消費活動に過ぎないなら、昨日と今日と明日に何の変化もありません。
雑多な知識の断片を十分に消化することなく頭脳や心に次々に取り入れて満足するなら、それは「死んだ読書」です。
本来、読書というのは、食事を取るのと同様に書物の内容を血肉化するところにあるのです。
だから、よいものを取って、毒物は取らないようにしなければなりません。
ぜひこのブログについては、生きた読み方をしていただきたい。
もし、心は変わって行かないと思っていれば、このブログを読むことは意味がありません。
むしろ有害かもしれません。
このように読み方を読者に強制する権利も方法も、もとより、著者にはありません。
一度公開した文章を読者が「どのように読もうが勝手」だと思うことを物書きのはしくれとして僕は知っています。
僕もそのように読むことがあります。
ただ、そういう読み方をしてもらいたいと望んでいる、ということはきちんと言葉にしておく必要を感じたのです。
そのような読み方があるということも、著者がそのように思っているということも全く想像しない読者もいるように思うのです。
毎回ではなくていいのです。
- 書いてあることを読んで知識として蓄積するのではなく、自分の心、経験と照らし合わせて吟味してください。
- そのときに何を感じたか、できるなら言葉にしてみてください。同意ではなく違う意見でもいいのです。
- 出てきた言葉をこのブログあてのコメント、メール、あるいは自分のブログやツイッターなどに書いてください。
- このブログへのリンク、クレジットなどもお願いします。
心に自然に言葉が浮かんできたときに。
そのような連鎖全体を書くことととらえたいのです。
あるいは違う応援をしたい方に!
本が売れない時代になってきまして、村松も物書きとしての自分の活動を。
その部分のフォローとしまして。などで、心の中で思うだけでなく、力強く応援してください。
- 単なるカンパ。
- 著書を購入する。
- 心理研究会に参加する
- セッションを受ける